旅行 − 新Ferrari GTC4Lussoでの旅

11 4月 2016

文 : ティム・パークス

英国人作家ティム・パークスTOFMへ独占ショートストーリーを執筆


「ジープじゃなくて」と妻は言い張った。「GTC4よ」

 

夫が不満そうに睨むと、妻は「Lusso」と付け加えてから言った。「どう、デイブ?私の発音、イケてる?ルッソー。素敵な響きじゃない?考えただけでわくわくするわ!」

 

「でも辺鄙な場所なんだろう?」と反論する夫。「道路はでこぼこだし、それに犬を乗せるんだろう、とんでもないよ。せっかくの内装が台無しだ!」。

 

「デイブ、まだ子犬なんだから。おしっこをしたら、拭けばいいじゃない。」


「仕事に使う車なんだからね」と夫はぶっきらぼうに言った。「ジープにしとけよ」。

「営業の女の子たちにエンジンふかせて見せびらかすために、イタリアンデザインに25万ポンドも払うわけ?ブンブン、ブルルゥーッ!」

「スーザン!」

そして今度は彼の口真似を始めた。「この4人乗りモデルの話がなかったら、フェラーリを買うことはまずなかったと思うよ、ママ」さらに重々しくトーンを下げて「家族全員が使える車にしたいから、誰でも運転できるような保険をかけるよ。」

デイブは言葉に詰まった。それは、2か月前に両親と夕食を共にした時の自分の発言そのものだったのだ。


「私が乗るわ」と妻が言った。

「それなら俺も行くよ」。

スーザンは目を見張った。「信じられないわ、ワーカホリックなダーリンと一緒にバカンスに行けるなんて! しかもフェラーリが心配だというだけの理由で!これこそ本物のルッソ(贅沢) だわ!」

デイブは、その宝物を地下のガレージに大切に格納していた。暗闇の中に仄かに光る艶やかな宝があると思うだけで、家じゅうの雰囲気ががらりと変わった。それ以外のものがすべて見劣りしてきた。

そしてデイブは急にいろいろなことを考え始めた。もっとオシャレな服装をしなければとか、寄木張りのフローリングを研磨して、家具も買い換えなければとか。それなのにスーザンは、50歳になったとたんに犬を飼いたいと言い出した。「あなたがフェラーリを手に入れたのなら、私は犬を飼うわ」そう宣言した。子供たちは大喜びだった。しかし犬は、デイブがウェストロンドンのどこかで買うのかと思っていたのに反し、妻は1カ月ばかりネットで検索を続けた挙句、なんとスコットランドのギャロウェー地方、ニュートンから北へ5マイルのバーグレナンという村に念願の子犬がいるという情報を手に入れたのだ。たかが子犬一匹のためにそんな遠くまで行くなんて気違い沙汰だ、と彼は思った。

冬の朝7時の寒さの中、4人が全員乗ったら出口の段差でお腹をこするのではないかという危惧から、皆に道端で待っていてもらった。年少の息子はサッカーの練習に行ったが、娘のレイチェルは、犬に詳しいという友人のトレーシーも連れてきた。だから後部座席には、18歳の女の子が二人でクスクス笑いながら座っていた。デイブがバックミラーを覗くたびに、トレーシーの輝く瞳と赤い唇が目に入る。レイチェルよりも大人っぽく見えた。それが気になって運転に集中できなかった。

「ずいぶんレトロな感じなのね」ウェスタン・アベニューを通過中に、スーザンがダッシュボードのデザインについて言った。「特にこのエアベントなんか。ミレニアム・ファルコンぽいと思わない?」

「やめてよ、ママ。せっかくいい気分なのに!」

「私は素敵だと思うわ」とトレーシー。「本当に、最高」。デイブはまたバックミラーに目をやった。塗りたてのペンキみたいにつやつやの唇だ。高速道路M40に入ると、アクセルをぐっと踏み込んだ。


「うるさいわ」と文句ありげにスーザン。


「このうなりが大好きなのよ!」とレイチェルが叫んだ。「素敵!もっともっと!パパ、かっこいい!」

まさか、とデイブは思った。トレーシーにじっと見つめられていたような気がしたのだ。

オックスフォード近郊で雨が降り始めた。それがバーミンガムのあたりで霙になり、ストークを過ぎると雪に変わった。クラネージでは工事中で、マンチェスターのあたりでは事故があった。

「誇り高きこのフェラーリのオーナーは、いったい私にも運転させてくるのかしら」ランカスターのサービスエリアで昼食を食べているときに、スーザンが独り言のように言った。

「もう少し滑らない道になったらね」と彼が言った。

「私だって免許もってるわ」とレイチェル。

「私も!」とトレーシー。そしてハンバーガーにかぶりつきながら屈託ない微笑みを見せた。


女の子たちは音楽を聴いていた。スーザンは寝たふりをしていた。雪の降りが激しくなったので、デイブは運転に集中した。車が、その静かだけれど果敢な世界へ自分を引き込んでいくような気がした。何をやっても素早いレスポンス。それなのにしっかりとした落ち着きを感じさせる。計器類の配置も絶妙だ。今、彼はそのサウンドと素晴らしく精巧なマシンの一部を成しているのだった。そのとき俄かに、デイブ・スタッフォードは、自分が完璧な人間、いや、この完璧な車を運転し得る唯一の人間であるような気がしてきた。自分と車がひとつになったみたいに。

「変ね、シュコダに追い越されるなんて」スーザンが指摘した。
いや、その手には乗るまい。スピードの問題ではないのだ。

3時ごろ、狭くて曲がりくねった道にさしかかり、スコットランドの田舎道に入った。「この先100ヤードで左折です」カーナビのアナウンスがあった。「左折です!」カーナビはそう繰り返すのだが、そこには道なんかなかった。そこにあるのは、石の塀と入口で、その向こうに雪で覆われた小道が続いているだけだった。

「大丈夫かしら?」とスーザンが言った。自慢の四駆で吹きさらしの道を3マイル走った挙句、行きついたのは農家の庭だった。あっという間に犬たちが出て来てキャンキャン吠えながら真っ赤なGTC4Lussoを取り囲んだ。

2時間ほど、暖房の効いたキッチンでお茶を飲んだりバターを塗ったスコーンを食べたりしながら、子犬を選んだ。暖炉の前の敷物の上を6匹の白黒のボー ダー・コリーの子犬たちがもつれ合ったりつまづいたり。レイチェルとトレーシーは、子犬たちと一緒になって床を転がった。ブリーダーは農夫の妻で、血統書 の束を出してきて見せた。雪がやんだので、デイブはほっとした。


ところが日が暮れてくると、なぜか農家の主がランドオーバーでハウス・オヒル・ホテルまで送ってくれることになった。フェラーリは翌朝ご近所のトラクターを借りて引き出すから、と言う。農夫はそう言いながら苦笑した。デイブには知るすべもなかったのだが、皆が安心してキッチンで過ごしている間に、大切なフェラーリは、凍った雪の下に隠れていた深さ8インチの肥しの中に沈んでいたのだった。
「月曜日に肥溜めを均したところだったんですよ」と農夫は説明した。「誰かがその上に車を停めるなんて考えてもいなかった」。

その晩、デイブは階段から落ちた。なかなか寝付けず、飲み物を探しに行く途中で足を踏み外したのだった。足首をひどく捻挫してしまったので、図らずも帰りはずっと愛車フェラーリのリアシートの座り心地を楽しむこととなった。リッキー(子犬の名前はこれに決まった)にすっかり気に入られてしまって鼻を舐られることがなかったなら、これも素晴らしく快適な旅だったろう、と思いながら。「かわいい!」運転しながらそう叫ぶトレーシーとバックミラーごしに目が合った。しっかり前を見て運転しろよ、と叫びたかった。

彼女にはもう何の魅力も感じられないのだった。肩によりかかっていたスーザンがつぶやいた。「そろそろ仲直りしましょうよ、デイブ。この素敵な車には、幸せそうな二人のオーナーがお似合いよ、そう思わないこと?」

それは、しばらく聞いていなかった前向きな言葉だった。

「そうだね、本当に素晴らしい車だ。愛してるよ、スーザン」。