水平対向12気筒エンジンが目指したもの

優れたレーシングカーを設計するにあたって、低い重心高ほど大切なものはないと言っても過言ではありません。重心高が低いほど、コーナリング時に外側タイアにかかる荷重移動の量と、ブレーキング時に車両前方に向かう荷重移動の量を小さく抑えることができるからです。車両のマスを可能な限り低く設定することで、4本のタイアがもたらすトラクションを最大限に有効活用できるのです。
水平対向エンジンと180°V型エンジンは重心を最も低くできるレイアウトで、マスは路面のすぐ上に位置します。ただしレーシングカーがフロントエンジンだった時代は、こうした形式のエンジンはほとんど実用性がありませんでした。エンジンの幅が干渉して十分なハンドルの切れ角を確保できなかったからです。しかしミドシップが主流になったことで、このタイプのエンジンが使われるチャンスが増えたのです。
この低重心エンジンを搭載したレーシングカーを初めて実戦に投入したのはフェラーリで、マシンは1964年10月に登場したF1の512でした。
その後、1970年の312Bでその能力をフルに開花させ、以来11年にわたりF1とスポーツプロトタイプの両方で活躍することになります。1971年には470bhp/12,600rpmだったパワーは1976シーズンに500bhp/12,200rpmを発揮し、自然吸気3リッター世代で初めて500bhpの大台に乗ったエンジンになりました。
この通称「ボクサーエンジン」を積むフェラーリがサーキットで大活躍したことで、市販車にもこの形式がごく自然な流れで応用されることとなります。こうしてフェラーリは水平対向12気筒エンジン搭載車をシリーズ生産した最初の(そして今のところ唯一の)自動車メーカーになったのです。フェラーリが市販車の歴史に記した前例のない快挙であり、その価値はいまだに輝いています。
全くの白紙から設計された4.4リッター・フラット12エンジンは、やはり新設計の365GT/4BB(ベルリネッタ・ボクサー)のドライバーとパッセンジャー後方に搭載されました。プロトタイプが1971年11月のトリノ・ショーに初めて展示され、1973年から生産に入ります。
1976年、365GT/4BBは大幅な設計の見直しを受け、512BBとして新たなスタートを切ることになります。ひと回り大きなエンジン(4,943cc)によりエンジン特性はフレキシブルになり、最も望ましいエキゾチックスポーツカーの地歩を固めたのです。
この512BBはさらに洗練されてフェラーリ・テスタロッサに発展し、ボクサーエンジンは1990年代まで引き継がれることになります。新時代のV12エンジンに後を託してテスタロッサが退くと同時に、フェラーリの革新的な12気筒水平対向エンジンの30年にわたる現役時代にも幕が下りたのです。